1960年代~
フランス
ジャック・デリダ、ミシェル・フーコー、ジル・ドゥルーズ、ジャン=フランソワ・リオタールなど
言語の意味は固定されず、常に揺れ動く。デリダの「脱構築(ディコンストラクション)」に象徴される
人間の主体性は一貫したものではなく、言語・歴史・権力によって構成される仮構である
フーコーによって、知識と権力の結びつきが分析され、真理や正義すら相対的なものとされた
構造主義の「普遍性」や「客観性」を疑い、あらゆる理論は権力構造の一部とみなす
一つの「正解」や「普遍的構造」に還元せず、多様な解釈と視座の共存を肯定した
教育・医学・歴史など、あらゆる制度が「心理の生産装置」であることを示し、権威の構造を問う
意味とは完成されたものではなく、生成され続ける「運動体」であるという視点を導入した
テキストや制度の前提・二項対立を解体し、隠された前提や矛盾を露呈させる手法
デリダの造語で、意味は他との「差異」と「遅延」によって常に先送りされ、確定しないこと
フーコーの概念で、知識の形成は常に権力との連関にあり、真理は中立ではない
一つのテキストや概念が、複数の意味や解釈を持ちうる性質
主体(自我)はもはや一貫した中心ではなく、歴史や言語により「分散」される
構造主義が文化や人間行動の背後にある普遍的な構造を見出そうとしたのに対し、ポスト構造主義はその「普遍性」や「客観性」に疑問を投げかけた。
1968年のフランス五月革命を契機に、国家・権威・学問体系への懐疑が高まり、理性中心主義、人間中心主義をさせていた思想そのものが批判対象となる。
これを受けてデリダやフーコーらが、構造主義に変わり批判的視座としてポスト構造主義を打ち立てた。
彼らは言語・知識・権力の不確かさや流動性を強調し、あらゆる固定的な概念からの自由を追求した。