人生の悩み方

インフルエンサーの正体――現代社会に潜む「知のドーナツ化現象」

投稿日:2025年5月

 インターネットの登場は、私たちの社会構造を根底から変えた。特にSNSの台頭により、かつては限られた人々にしか許されなかった“影響力”が、今では一般人にまで開かれ、多くの人々が「憧れられる存在」になる機会を得ている。これは一見すると、情報の民主化や表現の自由が進んだ結果として歓迎すべき現象のように映る。しかし、私はこの変化の裏側に、重大な本質的欠陥が潜んでいると考えている。それは、私が「知のドーナツ化現象」と呼ぶものであり、現代のインフルエンサーという存在が、実は「責任なき影響力」によって成立しているという構造に他ならない。

 かつて、影響力を持つ者は必ず何らかの形で責任を伴っていた。王は民を、貴族は領地を、企業は従業員と顧客を守る義務があった。その影響は制度や法の枠組みの中で規定され、責任を果たさなければ社会的に抹消されたり、処罰されたりした。だが現代のインフルエンサーには、そうした外的拘束が存在しない。彼らは多くのフォロワーに影響を与えながらも、その影響に対する法的・倫理的な責任を問われる場面は少なく、むしろ「共感されること」や「面白さ」が正義として機能してしまう。

 このような構造の中で、インフルエンサーは「外側の知」を過剰に研ぎ澄ます。ここで言う「外側の知」とは、映える映像、刺さる言葉、親しみやすいキャラクター、そして即時的な共感を得る演出である。対照的に、「内側の知」――すなわち倫理観、論理的思考、自己批判力、責任感などは往々にして軽視されがちである。こうして、知的構造がドーナツのように中空になった状態、すなわち「知のドーナツ化現象」が生じている。これは、知的内容を伴わずに人を動かす、きわめて現代的かつ危険な力のあり方である。

 このような人物像を見て、私の脳裏には古代ギリシアのソフィストたちが浮かぶ。彼らは、真理よりも弁論の技術に重きを置き、どんな立場であっても言葉の力で勝利を得ることを目指した。プロタゴラスの「人間は万物の尺度である」という言葉に象徴されるように、真理よりも人間の解釈が優先され、レトリック(説得の技法)が知性と同一視された時代である。現代のインフルエンサーもまた、普遍的な真理や論理ではなく、相対的な共感や印象操作によって支持を集める点で、まさしく「現代のソフィスト」と言えるだろう。

 もちろん、ここで一つの疑問が浮かぶ。こうして批判的にインフルエンサーを論じている私は、一体どれほどの「内側の知」を持っているのだろうか。もしかすると、私自身もまたレトリックに酔いしれ、安易に批評家としての立場に逃げ込んでいるだけなのかもしれない。哲学とは本来、安易な意味づけを退け、自己の内面に深く向き合う営みである。もしこの「知のドーナツ化現象」という言葉そのものが、私の中の自己正当化の装置にすぎないのだとしたら、それは非常に皮肉な話である。

 さらに言えば、インフルエンサーたちが本当に「責任感を欠いている」と言い切ることはできない。彼らなりに時代と戦い、批判と消耗に晒されながら、自らの影響力を模索し続けているのかもしれない。あるいは、私が重視するような「内側の知」ではなく、新しい形の知や責任、すなわち「共感による調整」や「拡散による正義」が、彼らの中ではすでに成立しているのかもしれない。そうであれば、「知のドーナツ化」とは私の側の認識の限界に過ぎず、むしろ私こそが時代遅れの「重たすぎる知」に囚われているのではないかとも思えてくる。

インフルエンサーの正体――現代社会に潜む「知のドーナツ化現象」

 結局のところ、インフルエンサーとは、時代そのものの写し鏡である。即時性と視覚性が支配するこの情報環境の中で、「外側の知」に特化することは、戦略的選択であり、生存本能でもある。それを一概に否定することはできない。だが私は、それでもなお、「内側の知」を磨くことの価値を信じたい。どれほど外側が華やかでも、空洞の中心に何もなければ、やがてそれは風に飛ばされるに過ぎない。知とは外から与えられるものではなく、内側で築かれるべきものである――そう信じるからこそ、私はこの文章を通して、自らの言葉と向き合っているのだ。

専門用語

  • レトリック

    説得のための技法。古代ギリシアでは弁論術として発展した

  • ソフィスト

    古代ギリシアの職業的教育者で、特に弁論術に長けた者。真理を追究するよりも、言葉の力で他人を説得することを重視した。

  • プロタゴラス

    代表的なソフィストで、「人間は万物の尺度である」という相対主義的立場をとった

  • 知のドーナツ化現象(本サイト独自の概念)

    自身が持つ情報のうち、外側が発達し、内側が空洞化している状態

  • 外側の知(本サイト独自の概念)

    自身が持つ情報のうち、他者に伝えられるもの

  • 内側の知(本サイト独自の概念)

    自身が持つ情報のうち、他者に伝えられないもの

参考リンク